ウラ金協力を拒否して、群馬県警を不当懲戒免職された大河原宗平さんの略歴


    群馬県警の裏金作りの協力に抗議したため、不当に懲戒免職され、現在、裁判で復職を訴えているのが、大河原宗平(おおかわら そうへい)さんです。

 大河原宗平さんは、群馬県高崎市の旧・倉渕村に生まれました。彼の地には、地域の有力者で、教育者でもあり財源的にも裕福であった方が、戦後、自費で剣道場を作り、剣道具を全部取り揃えて、地域の子供たちに「剣道」を教えていました。大河原さんも記憶に残っているときには、既に剣道場(真道館 市川道場 館長市川忠雄先生)に通っており、自然に剣道の道に入り、稽古に励みました。中学校に進むと当然のように剣道部に入り、高校でも剣道部で修行しました。
 剣道場の市川忠雄先生の勧めや両親の勧めで、高等学校卒業と同時に群馬県警に入りました。

 県警に入ると元総社にある「警察学校」に1年間箱詰めで教育を受けます。同期100人の中でも 剣道の実力は3本指に入ったことから、警察官の実務も、常に剣道の選手生活とともに過ごしました。
 そして、県警警察官拝命後5年目で最初の階級「巡査部長」に昇進。そしてまた5年後に次の階級である「警部補」に昇進しました。剣道の選手チームにも階級枠があって、「警部補」は「指導者」の枠であり、剣道チームに1人しか居られません。 警察官としての階級が先行してしまったことから、剣道の選手生活としての修行は途中で終止符を打って一線警察官になり、剣道は、仕事以外のプライベートな時間に訓練しました。
 警部補になって1年目は前橋警察署の鑑識係長。その次の年には県警本部の「要人警護係長」に抜擢され、ここで4年間、日々国会議員などの要人警護に従事しました。( 現職・中曽根総理大臣や福田元総理等の警護員として、奉職しました。)
 
 ここで4年間過ごしている中で、次の昇進試験は「警部」です。ところが、この警部試験というのは幹部の派閥に入っている者だけに「試験問題が流れること」をはじめて知ったのです。
 こんな腐った警察で寝ずに勉強しても、当選者(合格者)が少ない、「警部試験は通らない」ことを知り、無駄に身体を泣かせるより、現警部補のままで国民の要望に応える警察活動に邁進しよう。と考えるようになり、大河原さんは、昇任試験を受けませんでした。
(前橋の荒牧小学校の東に警察官の官舎があります。ここだけの話ですが、ここに住んでいる者の中には、自分が貰った試験問題情報を、他の科目の情報を貰った者同士で共有して試験に挑戦することがあります。国道17号の上小出の元・東部バスの車庫があった反対側にセブン・イレブンがあり、昇任試験の前夜、荒牧の官舎に住んでいる数人がこのコンビニのコピー機の前に群がっていたのを見たときには本当にがっかりしたそうです。)
 
この他にも、県警は、大河原さんの要人警護係長当時から、警察手帳で、タダで新幹線や特急電車に乗っても、会計書類だけは、人員を5割増しで運賃・特急料金を国に請求させていました。こうして作った「裏金」は警察内部で、お盆時には「御慰労」・「暑中見舞い」、暮れには「餅代」、そして正月には「御年賀」などの名目で給料明細にならない封筒で、階級に応じて分け前をいただくのです。 1度の袋に「15万円」も入っているのですから、笑いが止まりません。ほどなくして、これは「汚い金だ」と気付きましたが、群馬県警の一警部補が申し出たところで「馬鹿言ってるんじゃないよ・・そんな金がある筈ないだろう。」で あしらわれてしまうでしょうから、いつか誰かが問題にすることを 大河原さんは期待していました。
 しかし、群馬県警で、そんな話題が持ち上がってくることはありませんでしたので、彼は、それまで持っていた裏金を証明できる文書の多数を廃棄してしまいました。
 大河原さんは、県警本部警護係長4年を経験した後、桐生警察署の交通課係長を3年経験し、警察内部の皆が驚くほどの抜擢人事で「警察学校教官」になりました。当時桐生警察署の次長(警視)から「これで警部になるチャンスだぞ」と激励を受けて転勤したことを、彼は、よく覚えています。既に警部昇進試験の受験資格がありますから警察学校の教官という立場では昇進試験会場に行かないわけにはいかず、形だけ普通に挑戦しているように装っていたそうです。
 4年がすぎても警部に昇進しないのですから、一線の警察署へ配置換えさせられることを覚悟していたそうですが、次の異動で「県警本部の交通指導課だ」というのです。昇進しないのに、本部内で横滑り人事は本当に稀です。こういう とんでもない人事が有ると「あいつは相当太いパイプがあるのか?」と誰しもが思いますので、どんな現役幹部級でも「お前の人事だけは特別扱いされている」なんて正面切って言ってくる人はいません。
 しかし本当に、大河原さんには、そんなパイプは無かったので、「大河原の人事だけは、当時の人事担当者が公平に見ていたのだな」と今でも彼は、見知らぬその方々に感謝しています。

 前橋市の敷島公園近くに住んでいる方々には、暴走族が暴れていたことは有名な話ですが、住民とともに、大河原さんも、その暴走族対策に努力なさいました。警察学校から、県警本部に移動した先は、交通指導課というところで、彼の仕事は「駐車違反の徹底取締り」でしたが、1年後に「暴走族取締係り」に変更されました。桐生警察署交通課当時に桐生駅前の暴走族を1年目で殆ど沈静化させ、3年目には全く根絶させた実績を、県警幹部が知っていてくれたのでしょう。
 暴走族各グループは、5月5日(こどもの日)の午前0時を記して、一斉に大規模暴走を行い、榛名湖畔まで突っ走るのが20年もの引継ぎになっていました。
 その事前情報を取った大河原さんは、県警本部はもとより、榛名山を囲む高崎・前橋・渋川・吾妻等の警察署に、取り締まり体制の確立を指示して、大河原さん自ら現場に出て、陣頭指揮。120人以上が70台以上のオートバイに乗って集団暴走する状況を写真とビデオに収めて、違反として捜査を行ったのです。この捜査は5月5日から11月末頃までかかりました。
 素晴らしい仕事でしたが、しかし、同時にこの時、大河原さんは、警察には「一般国民から捜査に協力者して貰うと現金でお礼をする」という全く存在しない「ウソ」をでっち上げて国民の税金を「裏金化」する風習があったということも、知ってしまいました。

 大河原さんが体験した「暴走族捜査」でも、会計担当者はこの「裏金化」の手口で裏金を作ろうとして実際に捜査に従事した人々に「ニセ書類」を書かせました。 大河原さんは初めての経験でしたので、「知らない人にお金を支払ったことにした書類」を書かされましたが、今後の捜査で「こういう人のところへ聞き込み捜査にいく命令が出るのだ」と思って指示通りに書きました。が、そのお金も預からず、また、その仕事の命令も無いのに、また10日後くらいに、同じように10万円を超える多額のニセ書類を書かされたので、「ここに名前を書いてある人は知らない。この前に書かされた人に渡すお金も貰っていない。この書類はおかしいのではないか?」と抗議してしまいました。

 これが左遷人事の発端であり、大河原さんが、一個人で県警と大喧嘩をするきっかけとなったのです。
 群馬県警は大河原さんをクビにしようと、色々と私生活の監視を行い、夫からのDV被害で隠れ住んでいる女性の安全確認に回っていたことを「不倫」とし、(私生活は、仕事とは、何の関連もないことを、フランスでは、大統領に私生児がいたことをすっぱ抜かれたとき、「だから何なの?(エ・アロール)」と言った話は有名ですが。)また、その他の理由をつけて「減給」という懲戒処分を発しました。時季はずれの みせしめ配置転換も、行いました。

 それでも屈しない大河原さんを自動車ナンバー偽造(大河原さんの私用自動車は、既にマークされ、道路の上についている監視カメラ(N-システム)でナンバーが、上がってしまいます。無断で撮影され、犯罪者でもないのですから、紙の数字を入れ替えたナンバーを挟むくらいは、正当防衛のようにも思われますし、内部に甘い警察では、ふつうでしたら、口頭注意くらいですむところのようですが・・)で、現職警官の私物の自動車を「強制捜査」で差し押さえました。警察を不当解雇され、一般人になった現在でも、その監視は継続されています。(監視社会、いや~ですねえ。科学技術の進化も使い方を誤るとコワイですね。市民が信頼している警察の力を、もっと有益なことに使ってもらいたいものです。)
 
 命令された10人の警察官たちには、なんとも氣の毒な役回りでしたが、「体当たりしてケガをさせた。」と 公務執行妨害をでっち上げて、大河原さんを公務執行妨害罪で、現行犯逮捕。20日間も留置場に勾留し、つけてもらった弁護士は検事出身で、大河原さんの味方をして、弁護にあたってはくれませんでした。
 そして、平成16年3月17日、群馬県警幹部は、自分たちの命令に従わない大河原さんを不当な懲戒免職処分にしました。

 一旦、懲戒免職という決定が出されると、申立て機関である「群馬県人事委員会」でも簡単に変更決定しないことを、<ふつうの人>である大河原さんは、まだ知りませんでした。「今回のことで身をもって知りました。今の警察はそんな社会なのですね・・・」と、大河原さんは、述べています。けれども、それと同時に、「それでも、そんな警察を何とか直そうと裁判で頑張っております。」
 以下は、大河原さんのメッセージです。 
「幸い、この大裁判を支えてくれる弁護士に恵まれましたので、何とかここまで闘っていますが、このような皆さまの支援がないと、とてもこの警察の非常識を打ち破ることはできません。  
 世間には疑問を持ちながらも、体制側が行うことに追従されていることも多いですけれど、是非この機会に、真実はどうなっているのか?を、追及する感覚をお持ちください。
 そして、真実追及活動にお力を貸してください。」

 大河原さんの群馬県警察在職期間は31年と11ヶ月です。
2004年(平成16年)3月17日、不当な懲戒免職で解雇され、5年余り たちました。

                                 文責:田植原 エファ

<インタビュアーの感想>・・いちばん いいのは、警察が、裏金なんか作らなくていいように、潤沢な給料を警察官にあげることだと思います。なんと言っても、体を張って、殉職の危険もある職場なのですから。現場の警官は、いつも人材不足の看護師さんと同様の激務を強いられています。110番すれば、24時間いつでも警察は現場へ駆けつけてくれますが、それは、上長への絶対服従が任務のひとつである、現場のお巡りさんたちの犠牲の上に成り立っています。24時間勤務ではなく、72時間勤務態勢だそうですので、3交代制でもキツイのに、実際は、2交代制でしかありません。夜勤当直が翌朝 業務引継でも、泥棒は夜 仕事をするので、事務所の人が 朝 発見すると、警察へ通報。すると、当直を終えた、引き継ぎも済んだお巡りさんが、そのままサービス残業で現場へ出かけます。命の危険ある仕事で、我々市民の安全を日夜守ってくれる人々に、それに合う給料を渡せないのであれば、ウラ金作成も仕方なかったかもしれません。が、何事も限度というものがあります。今回、群馬県警が大河原さんにしたようなデッチ上げ現行犯逮捕・本当の事を言う人間を排除するなら、警察への信頼は損なわれ、本部長になった人は、相当ウラ金を懐に入れていると人々は知るようになるでしょう。ウラ金作るな、警官増やせ。当番を3交代制にしたりすることに、要職についた人々は、真剣に 考える時期に来たのではないでしょうか。
 

















この記事へのコメント

みっきー
2015年03月12日 15:14
3.10に見つけたです。集団すとーかーに関して。

宗教会員レヴェルがji-ko-reveru となり、それが政権とるから国がらみとなった。社民、民主にちんじょーしたが拒否された。このはなしから逃げた議員は出世した+。k-satu
葉本人の知らぬうちに容疑者扱いにして、他者にひろめ、すとーかーをさせる。見返りは、横断歩道、道路の舗装。

もりこねずみab sugaらいん。国土交通省は僧化。ていたんが個人の情報調査し、内調に報告、893にしらせ連れ去り、資料つくる。そして裏のひとに葉祈りさせる。本人をころ 
。cieに893に教育させ、情報員いんてりじぇんす、にする。なので項案が主となる。最終目的は、ひみつ。ほごほう、kci .hoka. 何種類もつくってる。つまり、はちゅうるいじんも、さんか。日本人つぶしが目的。正式に893、殺し屋もこう庵にしてる。この国をきたせん にしたいのか?中国人、南北人が日本人もどきになってる。半数以上。

10年たった。s ,k hoka,日本国内で作ってる。幾重不明、失踪届けも、だから受理させない。家裁にか壮健がいるのは、このため? さちょうーのめいらしい。 人間ができる時代なのでなんでもできる。戸籍に関しては、K,KEN,
SAI,BENNGOSI,が協力なのでどうにもならず。誰も助けてくれない。日本人は死にぞん。 戦後の朝鮮進駐軍の再来。CAME SHOWや少年院から似た子をえらんで、整形教育し経歴、親戚家族そろえて、職場にいれ、なりすます。会社もおかしくなっていく。893がまもる。いろいろなのが参加して、いまになった。GH ?GAついてるから。集団すとーかーのもくてきは、替え玉による情報院をつくること。日本のためでなく、CI のため。
( ´ー`)y-~~
2015年03月30日 19:20
最近、軽トラで回ってきて騒音まき散らしている迷惑な奴は、こいつだったのか!

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